越谷吾山は、享保2年越ケ谷宿新町名主会田家に生まれ、天明7年71歳で没した。若年より江戸などの文人と交流し俳諧に精進し「法橋」という芸道の位に推挙された。また、安永4年には諸国の方言を分類解説した「諸国方言物類称呼」を刊行し、後世方言学の始祖と称され高く評価されている。
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